2006年11月02日

罠に捕らわれていた

20061101_1.jpg 昨夜はベッド上で動けない妻に見送られたが、今日、面会に行ったら様子は一変していた。麻酔が切れて痛み始めたことは昨夜のメールで知っていたが、その痛みは想像していたのとは格段に違っていた。昨夜は1時間しか眠れなかったと言う。ベッドから起き上がるのに1時間、それから室内にあるトイレに行くのに30分。トイレの中で痛くて身動きが取れなくなり、ナースコールで助けを求めたり。元元痛みに弱い妻ではあったが、これまで経験した痛みはすべて痛みと言えるほどのものではないほどだそうだ。胸と腹に包丁が3〜4本ずつ刺さっているみたいだ、と表現していた。本来は1日目から積極的に歩き、エコノミー症候群による肺梗塞を予防せねばならないが、それには程遠い。
 私が行ったときも、会話すらままならない。少しでも体勢を変えようとすると、呻き声を上げる。帝王切開したのに子宮の収縮がご丁寧にも順調で、痛みは外と中からやってくる。授乳にトライしたが、授乳イコール子宮収縮なので今日はできなかった。まだ、我が子を腕に抱くことができない。一度、点滴を受けているほうの腕に力を入れたら、そのまま点滴が止まってしまったことがあった。それほど出産後の母体では血液が固まり易いということだ。そしてそれを防ぐために点滴の速度を上げたら、今度は血管が耐え切れなくなり漏れてしまい、スピードダウンに逆戻り。これまで入院さえしたことが無かった人に、様々なことが起こる。
 でもこのこと、帝王切開1日目では普通のことなのだそうだ。秋篠宮妃が帝王切開後笑顔で会見しているの見て「帝王切開なんて楽しちゃって」と妻は思っていたそうだが、今は笑顔で報道陣の前に出たことを尊敬している。
 明日は母乳指導があり、母子同室になる。ちゃんと授乳できるのか? 一晩中世話をできるのか? ハードルはいくつもある。

 胎内での娘の様子が少しずつ分かってきた。今日分かった新たなことは、娘は臍の緒を自らの脚に2回巻いていたそうだ。これで、なかなか子宮が下りてこなかったことも、陣痛が起こらなかったことも、ましてや子宮口が開かなかったことも納得できる。
 心音を聞いて判断したのだけど、明らかに下がって頭が骨盤に入ったのは産まれる4日前。前駆陣痛が始まった日だ。それでも、足が高いところでバタバタしていたのが不思議だった。娘は必死に頭突きして子宮口を開こうとしていたが、足が絡まっていては満足にできなかったはずだ。最後まで胎動が大きかったのも、苦しさの表れだったのかもしれない。
 臍の緒が首に巻きついているとエコーで見えることもあるそうだが、それ以外の場所では映りにくい。臍の緒の状態は開いてみて初めて分かることが多いので、今回も帝王切開で正解だったことになる。胎盤機能不全も、この絡まりが一因だったかも。

 今日は妻の両親が見舞いに来た。妻の姉にすでに3人の孫がいて上は中学生になっているが、初内孫だからか嬉しそうだった。以前は、二人だけで娘を育てようと考えていたが、状況は変わった。都会のマンションの8階に娘を連れて行くのは気が退けるが、そこには我が家には無いベッドがある。退院時まで妻がどこまで回復できるか分からないが、少なくとも床に敷いた布団から起き上がったり寝たりは難しそう。妻のためを思うと、しばらくの間の実家暮らしもやむなしだ。
タグ:臍帯
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2006年11月01日

永い一日

20061101_2.jpg いつものグラスにビールを注いだ。帰り道にあったコンビニで一本だけ購入したら、数粒のアーモンドが入った小さな包みを付けてくれた。嬉しかった。
 陣痛が始まったらきっと私が運転して産院に連れて行こうと考えていたので、かなり前からアルコール類を完全に断っていた。陣痛が始まるのが夜だったら、産院に電話を入れ、予め用意していた荷物を車に詰め込んで向かう。産院までは数kmの道のりだが、この道をタクシーではなく自分の運転で連れて行くことを思い描いていた。

 陣痛による緊急入院が叶わなくなった今日、快晴の下、予定どおり10時に病院へ到着。通された病室は、一般的な個室が一杯だったためベットが3つは入りそうな広大な特別室。助産師に「料金は同じですよ。ラッキーですね」と言われた。ところが、医師と話して出産の計画を立てるのは早くても翌日の夕方と分かり、またまた不信感。それなら一般的な流れどおり、入院せずに翌日午前の検診をしてからでも良かったのでは?と。
 入院してしまったものは仕方が無い。妻は、なかなか来ない陣痛をじっくりここで待とうと長期戦の構え。この機会に、英語の勉強をしっかりしようとしている。私も、この快晴ならもう一日ゆっくり過ごせたのにと考えつつも、医師が出産を管理したいという言葉の意義を信じようと努力した。
 13時半まで妻に付き添ったあと、病院をあとにした。

 自宅に戻って遅めの昼食をとり、コーヒーを淹れて半分ほど飲んだところで電話が鳴った。病院の電話番号を登録していて良かった。出る前に「何かが起こった」と心の準備をできたから。電話は助産師からだった。
 実は午前の分娩監視システムによるモニタリングで、子宮が収縮すると胎児の心拍が落ちると言うか計測できなくなるという現象があった。その時は、子宮による締め付けに胎児が驚いているみたいだと言われていた。実際、収縮が治まると再び胎児の鼓動は毎分170前後の正常値になって元気だと確認されていた。
 電話の内容では、午後に再びモニタリングしたところ同じような現象が見られ、帝王切開になるかもしれないということ。妻から言われていた持って来て欲しい物を急いで準備し、14時半、電話から10分で病院に到着した。妻と私の親には、そうなるかもしれないことを電話しておいた。

 病室に到着すると、妻のまわりで助産師や医師がバタバタと忙しく動き回っていた。医師と話してから早くても明日あたりに手術するのかなぁと思っていたが、あてが外れた。妻も、自分は何ともないのに、急に回りがそわそわし出して困惑しているようだった。妻にとっては手術どころか入院すら初めてのことだったのに、この展開だ。
 主治医はまだ最終判断をしていなかったし、同意もしていなかったが、この病院の能力では緊急手術が決まってから施術できるまで最低1時間かかるのでできる処置は始めているということだ。大学病院なら15分で済む準備内容は、事前の処置や検査、説明と同意、麻酔科医、小児科医の召集など。私が到着した時点で点滴が始まっており、その後は血液検査やパッチテスト、心電図に胸部レントゲンまでベット上で行われた。
 医師による説明によると・・・羊水が少ない←羊水の元となる胎児の尿の量が少ない←尿を作る血液が少ない←胎盤機能の低下・・・という流れ。クッションとなる羊水が少ないと、子宮の収縮によって臍帯が圧迫されてしまう。これまでは大丈夫だったしこれからもそうかもしれないが、この収縮時に胎児を最悪殺してしまう可能性が無いとは言えない。子宮の位置がまだまだ高く、仮に今陣痛が始まっても生まれるのは10〜12時間あと。それまで待つリスクは大きい。モニタリングでその状況が見つかり、ラッキーだったと考えましょうとのこと。このときいた産婦人科医5人全員同意で帝王切開を勧めると言われれば、断る理由は何もない。午前のアンケートで「立会い出産にしますか?」と聞かれ、「はいッ! もちろん」と答えていたのが叶わなくなった。手術はそれから2時間後に決まった。
 お腹の子に、ボヤボヤしてるとお医者さんに引っ張り出されちゃうよと話しかけていたのが、本当になってしまった。それから僅かなひととき、妻と二人だけの時間を過ごした。

 手術が始まったのは17時。ストレッチャーに載せられ手術室に消えていった妻を見送った40分後、保育器に入れられた娘だけが戻ってきた。自力で生まれて来なかったのに、もう胎内とは違うところにいることが分かっているのだろうか? 正常分娩の子と同じように動き、泣き声を上げていた。
 体を洗ったり体重を量ってもらったりしたあと、私だけ産まれて30分も経たない娘を抱くことができた。2,525gは軽いと思わなかった。もう両目を開けてキョロキョロしていたが、見えていないようだった。背中のゴツゴツした感じが、胎内にいたときに妻の腹の上から触った感触と同じで、驚くとともに懐かしく感じた。

 主治医から手術の経過について説明を受けた。問題は無く、妻の話では取り出されるまで5分もかからなかったそうで、小児科医の手に渡ってすぐ大きな産声を上げたそうだ。時間の大部分は麻酔と縫合に使われた。
 帝王切開特有のリスクは、母体には2つ。どちらも母体特有の血液が固まりやすいことによるもので、一つは麻酔で動かせない下半身からのエコノミークラス症候群、もう一つは子宮口が1cmしか開いていないので、悪露が排出されず子宮の収縮が遅れてしまうこと。子のほうは、通常、狭い産道を通るときに肺を満たしていた羊水が吐き出され、その反動で呼吸が始まるのに、いきなりプールから取り出されるとそれができないこと。小児科医が吸引するが、肺に残った羊水がなかなか吸収されず呼吸不全になることがあるらしい。
 出血量は500mLで、輸血の必要は無かったそうだ。

 手術から1時間ちょっと経って戻ってきた妻は、脚にエコノミークラス症候群予防の装置・・・エアバッグが膨らんだりしぼんだりするやつを着けられていた。胸から下の感覚は無い。痛みは麻酔が切れてからだ。寝たまま何も口にできないのは当日当夜だけで、翌日から積極的に歩き、その翌日の昼からは通常食に。48時間でくっつく傷口を縫合した糸は抜く必要が無いそうだ。通常は5日後の退院だが、帝王切開の場合は7日後。もともと長期戦になると思っていたので、先が見えたのにはホッとさせられる。
 戻った病室は入院時とは残念ながら違った。特別室は広くて処置がし易かったが、角部屋でナースステーションから遠い。特に最初の夜は手が掛かるので、狭い個室になった。それでも、室内にトイレやシャワー、簡易ベッドや洗面所、冷蔵庫もある。無いのはクローゼットやロッカーなど。テレビカードは売られているが、どちらの部屋でも不要だ。
 寝たままであるが、出産から2時間後の19時半、娘を抱かせることができた。いつまでも子供っぽかった妻が、あんな表情を見せるとは思わなかった。ただ、苦しんで出産していない(痛みはこれからだ)ので、実感はこれからか。
 助産師が妻の乳首をマッサージすると、驚いたことに初乳が! これを娘に咥えさせると、どこで覚えたのか上手に吸い始めたのには驚いた。まだ満足な量が出るはずもないので、その後は妻の腕の中でずっと口を動かしておねだりしているようだった。少しだけ泣いたが、その声は体の小ささとか帝王切開で生まれたとか思えないほど大きかった。

 面会時間が終わり、両方の親に無事を伝え、途中で一本だけビールを購入して帰った。先ほど、妻から痛みと戦い始めたとメールがあった。でもそこには感謝の言葉が一杯。
 最初に娘の姿を見てから、対面するときとか、病室で三人でいたときとか、ずっと涙を堪えていた。元元涙腺が弱くて、堪えたけど少しはこぼしてしまった。しかし一人になり、妻からのメールを見たら堰を切ったようにわんわん泣けた。デジカメで撮った写真を眺めたら、また泣けた。ここで十分に泣いておけば、明日からの対面は大丈夫になるかもしれないから。
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2006年10月31日

妊娠40週、予定日を迎える

 約1時間前まで、妻は前駆陣痛と思われる激痛に苦しんでいた。産院というところは痛みの間隔が10分以内にならないと連絡してはいけないし、それでも電話での本人の声の調子によってはさらに待つように指示する。緊急入院したのに分娩に至らないという「ハズレ」を予防するためだろうが、何事も初めてのこちらとしては心細い。先ほどは最高1時間に5回の痛みに達し「もうそろそろか?」と思わせたが、もう1時間以上開いてしまったということはやはり産院の指示は正しいのか。
 通常、臨月に入ると始まるらしい前駆陣痛は、妻の場合は2日前の夜にやっと始まった。だから出産も3週間遅れるとは言えないが、やっと前進した観がある。あれほど「下がらない」と言われてきた胎内の子は、昨日になると明らかにかなりズリ落ちた。

 これまでの検診では一度も問題点が指摘されたことが無かったが、39週の検診で初めて羊水量がかなり少なくなって下限ぎりぎりになってると言われた。そこで、医師は理由をはっきりと言わなかったが妻が高齢であるからか、入院で出産を管理するということになった。当初は週明け三十日に入院と指示されたが、電話で何とか十一月一日にまで延ばした。陣痛が始まってから入院という通常の流れを望んでいたので、そうなるよう時間稼ぎをしたかったからだ。
 前駆陣痛が起こるのは夜間に集中している。陣痛もそのように夜に始まるとすると、緊急入院という願いが叶えられるチャンスは今夜のあと1回。陣痛が始まらなければ、明朝、静かに入院ということになる。まぁ、バタバタしない入院も私たちらしくていいのかもしれないが。
 Honeymoon baby ならぬ Halloween baby とはならないのかなぁ。Jack-o'-lantern を持って産まれてきてくれたら、お菓子やおもちゃをあげるのに。
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2006年10月28日

陣痛促進剤?

 なかなか生まれてこようとしない我が子のために、妻を連れて隣町のコスモス畑に行った。最近、この畑のそばに道の駅ができたので、出産間近の妊婦でも不安も負担も少ない。
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 「我が子のため」というのは、今月出産した妊婦友だちが2人とも、出産の数日前にコスモス畑を訪れていたから。どちらも予定日から数日遅れたが、揃って安産。上手く行けば我が妻の場合にも同じように経過してくれれば、と。
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 コスモスの群生したものを眺めることが多いが、改めて見てみると花は意外に大きい。これら赤系の花だけでも微妙なグラデーションがあったりする。特に左上の白い花は、これでコスモス?と疑うほど花びらの形が変わっていた。この花のおかげで、コスモスの花びらというものは、先端が2つでなく3つに割れていることを認識した。
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 暖かい午後だった。ここのイベント開催日には熱気球に500円で乗れるらしいので、いつか体験してみたい。
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タグ:コスモス
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2006年10月24日

新生児を見てきた

 新生児を見てきたと言っても、もちろん我が子ではない。妊婦友だちの一人にやっと生まれた子を見に行ったのだ。
 近所の妊婦友だちのうち、予定日が十月中なのは妻も含めて4人。これが4人とも揃って遅れ気味で、全員やきもきしているところで第一弾だ。他は、強制的に産まされるために昨日入院した人と、予定日前に小さく生むことが叶わず毎日必死に歩いている人。
 しかし、生まれてみれば遅れたのはたった3日間。妊娠後期にはずっと安静を言い渡されていた人なのに、生んでみれば超安産。産んでから3日間も経っていないのに、すでに元気に歩き喋っていたのは、妻の12歳下という若さ故か。

 その面会のとき、新生児室に産まれてまだ30分も経っていない赤ちゃんが入ってきた。こんな生まれたてを見たのは初めて。肌の色は想像していたよりずっと赤く、深い深い赤色。同じ体重で生まれ、2,3日経った他の赤ちゃんよりずっと小さく見えた。
 そして他の赤ちゃんに比べ、生まれたての子は動きが激しい。押し込められていた子宮から急に開放され、収まりが悪いのだろうか。我が子も胎内で相変わらず激しく動いているが、きっとこんな風に動いているのだろうなとその子を眺めていた。
 口ピアスをした若い男が、その子をずーっとビデオに撮っている。きっと30分前に父親になったばかりなのだろう。産院には似合わない外見だったが、妙に礼儀正しく、とても微笑ましかった。
 その後さらに30分間ほどその子を見ていられたが、みるみるうちに赤色が落ち着いていった。きっと皮膚が外界に対応し始めたのだろう。

 新生児室にいた十数人、生まれたての子を除くと、総じてほんど眠りっ放し。動きは少ない。生まれたばかりだとこんなに静かなのだろうか。
 対する我が子、相変わらず一日中しゃっくりしている。新生児室にはそんな子は一人もいなかったが、うちの子は生まれたらどうなるんだろ。
 入院の準備は今月に入ってすぐ済ませていたが、帰宅後にそれを完璧にした。海外旅行では前日に準備を始めることが多いが、いつ始まるとも分からない今回の旅行では準備も早めなければならないということだ。
タグ:新生児 出産
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39週目(最終週)に入る

 ついに39週に入った。九月を乗り切って5万円を確保し、臨月に入ったので小さめでも産まれていいのだが、やはりできるだけ胎児として十分成熟して出てきて欲しい。ここまで何事もなく漕ぎ着けることができた。
 一般的に臨月に入ると胎児が下がって頭が骨盤に入り、動きにくくなったり胃の圧迫が無くなってスッキリすると言われている。しかし我が子は臨月に入っても高い位置で激しく踊っていて、生まれる気配がなかなか見られずかなり遅くなる気がしていた。それも昨日あたりから様子が変わり、胎児の心臓の位置でしか確認できないが急にかなり下がったようだ。妊娠時に急に着いた部分脂肪が急に減ってきたので、やっとだが最終段階に向かいつつあるようだ。

 胎児の体が子宮の壁に押し付けられるほど体が大きくなっているので、母体の上から耳を当てるだけで胎児の心音が分かる。最近ではその音が大きくはっきり聞こえるようになり、心拍数など簡単に取れる(今は160回/分)ようになった。
 また、狭いところでグリグリ動くとかなり痛いらしい。昨夜は、妻が「も〜〜、ムカツク」と腹を叩いていた。もう手をあげていいのか? 気持ちは分かるが、親子喧嘩には早すぎる気が・・・。
タグ:妊娠 臨月 出産
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2006年10月19日

最後の「やきとり」

20061019.jpg 夕方からの仕事(自宅でする以外はすべて出張)に妻を同行させたのは、その後にやりたいことがあったから。仕事中は、妻はそのお宅周辺をじっくり散歩。胎内の人がなかなか降りてこないので、たくさん歩くよう産院から指示されているため。
 仕事は少し難航し、予定より遅くなって終了。今日の目的の一つ、念願の東松山名物「やきとり」を食すために店に急ぐ。向かった先は、正確にはお隣の滑川町内にあるやきとり屋。出産前にここのやきとりを食べたいと妻が願っていたが、なかなか機会に恵まれず切羽詰った今日まで延びてしまった。それでも、中の人は一向に出てくる気配がないので、焦りも無し。

 ・・・幸せな美味さだった。やき「とり」と言っても東松山のは豚のかしら肉。どの店でも1本100円。これに、これこそ東松山流の唐辛子とニンニクたっぷりのみそだれを、これまたたっぷり載っけて口に入れる。甘みが強く濃厚な肉の味にこのみそだれがよく合う。
 飲めない妻に、帰りは車の運転をしてもらう算段だったが、臨月もここまで終盤に入るとさすがに長距離を運転させる気になれない。ビールをゴクリと飲みたい気持ちを抑え、二人ともウーロン茶にした。かえってやきとりの美味さをじっくり味わうことができて良かったかも。

 やきとり屋と言っても、東松山のは小ぎれいでゆったりとした店が多い。それでも、禁煙や分煙のきちんとしている店は無く、小さな子供を連れて行けるような環境ではない。次に行けるのは、何年先になるのかなぁ。中の人の様子からして、どうやらやきとり好きの子になりそうなので、三人で食べに行ける日は遠くないかもしれないが。
 出産予定日まであと12日。今のところ、遅れそうな感じ。中の人、胎内の高いところで元気に暴れている場合じゃないぞ。自分自身で生まれて来なけりゃならないのだから。
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2006年10月12日

急成長?

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↑6日前の各サイズ↑   ↓今回の各サイズ↓
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 臨月に入り、1週間ごとになった妊婦検診。前回は、その2週間前の検診時と胎児の各サイズがほとんど同じで、「激しく動いているけど、これ以上成長する気ないの?」と少し心配していた。でも、気持ちのほとんどの部分は疑い。
 今回は・・・第37週としては、まだ小さめだけどまずますの数値。でも、たったの6日間で500gも増えたというのは俄かに信じ難い。やっぱり、前回の数値だけがおかしかった気がする。まあ、あくまでも推定であり誤差が大きく、参考程度にしかならないのは当然だと思うが。

20061011_3.jpg 1ヶ月前に3D画像で見たときは、中の人の体はまだ骨と皮といった感じ。しかし今回は体の幅が10cmを超え、明らかに肉が着いてきた。前回の検診時は「生まれても、低体重で一緒に退院できなくても仕方ない」と思っていたが、正常に生まれさえすればそれも無さそう。
 大きさに心配は無くなったが、位置的にはまだ生まれる気が無さそう。臨月に入ると位置が下がって動きが鈍くなり、胃への圧迫が弱くなって食欲が増すと聞いていたが、まだまだ高い位置で暴れている。体が大きくなったので、大きく体勢を変えようとするとその背中や脚の動きがはっきり見えるようになった。母体の腹部に耳を当てると速い心拍がよく聞こえる。体の中に二つ心臓があるなんて、ちょっと不思議。
 また、中の人はよくしゃっくりをする。一日に4回以上、一回5分間前後はやってる。以前はしゃっくりのときは他の動きが無かったが、最近は寝返り打ったり手足を動かしながらできるようになった。器用になったってこと?

 中の人は狭くて動きにくそうだし、妻のほうは不定期に来る子宮収縮の痛みや中の人の激しい動きで辛そう。これからお互いの折り合いがさらにつきにくくなったところで、いよいよ中の人も諦めて出てくるのかなぁ。
タグ:妊婦検診
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2006年10月03日

最初の親孝行 〜 臨月へ

 やっと十月に入った。永かった。とても短かった妻の悪阻の期間も永く、終わりが無いように感じたが、そのあとがもう5ヶ月間になった。その間、妻、胎児とも何の問題も無く、仕事も予定どおり予定日6週間前までできた。ただひたすら、中の人の成長を待つばかり。永い。
 もう生まれてもちゃんと成長できる時期に入っているが、そんな中、生まれずに十月を迎えることができた。これは偶然にも大きな意味を持つ。健康保険から支給される出産一時金が、この十月一日出生分から5万円増額されて35万円になったのだ。これだけで出産費用を賄うには程遠いが、これ以外に何の支給も受けられない国民健康保険世帯にとって、少しでも多いのはありがたい。早産にならなかったこともあり、最初の親孝行をしてくれたみたいだ。
 そして、やっとやっと、臨月に入った。臨月に入ると胎児の位置が下がり、その大きさゆえに動きが鈍くなるらしいが、我が子は今のところ高い位置で激しく動き回り、母親を悩ませている。元気な割にかなり小さめなのは、動き過ぎのダイエットし過ぎなんじゃないかと思ってしまう。予定日より遅れてでも成長してから生まれて欲しいが、こればかりは本人次第。いつ、生まれたいのかな?
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2006年08月31日

胎児とのコミュニケーション

20060809.jpg 妊娠8ヶ月目も終盤に入ったが、母体の腹の中の人(胎児=もう名前で呼びかけているんだけどね)の動きは相変わらず激しい。
 病院で胎児の背中の見つけかたを聞いてから、見えない腹の中を想像しながら探るのが楽しい。ひと月前ぐらいまでは中のスペースに余裕があったのか、外から判るのは突くように蹴り出された足ぐらい。ところが最近、中の人の成長が目覚しく(2週間で1kg→1.5kg)、動かなくても外から形を想像し易くなった。

 逆子が直り、中の人の足は常に上部にある。重力が掛かって常に張っている下部とは違い、上部は柔らかいので探りやすい。中の人の2つの足(踵?)を見つけるのは簡単だ。
 8ヶ月目の初期は、この足を見つけてしつこく触っていると蹴り返されて驚いたものだった。最近では中の人も諦めたのか、触っているとそっと退かす。このことは利用価値が高く、妻が食後に悪阻のようにムカムカしているときはたいてい中の人の足が妻の胃に食い込んでいるので、これを簡単に外すことができるのだ。
 また、音にもかなり敏感になっているようだ。静かなときと食事中は元気に動いているが、名前を呼んだりくしゃみなど大きな音がするとじっとしている。会話しているときもそうなので、まるで耳を澄ませて聞き入っているようだ。
 私のまわりでこんなことをしたなんて聞いたことがないし、妻の妊婦仲間でもそんなことをしている夫婦はないそうだ。そんなに珍しいことなのかなぁ。

 妻の単独での仕事がやっと終わり、あとは引き継ぎを残すのみ。家に居て静かにしている時間が増えると、中の人はますます楽しそうに動きまわるんだろうな。
タグ:胎児 胎動 妊娠
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2006年08月24日

事業者間の温度差

20060824.jpg やっと手に入った「マタニティーマーク」。これを必要としていた妻はすでに妊娠後期に入り、横幅が狭い腹部に大きなスイカを抱えたような体型になっている。

 妊娠初期の、いちばん辛い時期なのに他人には分かりにくいこの時期に、列車内で気づいてもらうためのサイン。座席を譲るのも、譲られるのも不得意な日本人らしい発想。関東の鉄道事業者が配布している。
 この配布方法が、事業者によってちょっと違う。我が家はJR沿線。最寄り駅には置いていないことを知った上で取り寄せなどできないか聞いてみたところ、いろいろ調べてくれた努力は認めるけど答は「No.」 JR東日本ではターミナル数駅でしか配布しておらず、しかも「お客様相談室」の窓口だけで、営業している日中の時間だけだそうだ。
 仕事に向かう乗り換えで訪れた川越駅、もちろんJR側ではマタニティマークを配布していない。東武鉄道側にはそれらしい窓口が見つからなかったので、改札口で受け取りかたをたずねると
「どうぞ」
と手の届くところにあった箱から取り出して一つくれた。箱は開放されていて、いつでも取り出せる状態になっている。やっともらえたけど、ずいぶんあっけなかった。ほとんどの私鉄では、全駅で受け取ることができるそうだ。
 配布するマークは、各鉄道事業者の負担で用意するのだと聞く。圧倒的に利用者の多いJR東日本が十分に行き渡るように用意するのはいろいろとコストがかかるだろうが、利用者が多いだけ利用する妊婦も多いはずだ。せめて、最寄り駅で取り寄せてもらえたらなぁと思った。
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2006年07月11日

順調に7ヶ月目へ

 妻は妊娠7ヶ月目に入り、いよいよ生活が大きく変わろうとしている。ド安定期に入って大した話題も無いが、6ヶ月目(第20〜23週)について書く。

 この期間の一番の出来事は、通常は里帰り出産でなければやらないような転院をしたこと。隣の市にある妻の職場近くにある町医者から、市内にある総合病院へ。生徒の親だけでも数十人の出産経験者から捌ききれないほどの情報を受け、それ以前に診察や出産に不満や不安を感じていたので転院を決めた。
 この辺りで一番人気の個人病院はすでに予約で一杯と門前払いされたので、出産費用は十数万円高くなってしまうが民間医療研究所付属の総合病院に落ち着いた。開設されて17年のまだ新しい病院で、産科病棟に至ってはできてまだ僅か2年。9万坪の敷地は自然観察公園に隣接し、産科は最上階にあって当然全室個室。贅沢すぎると思うけど、高齢夫婦の一回だけの出産にはこれでもいいかも。私自身には何のメリットも無いが。
 住宅地の中の個人病院から郊外の総合病院へ、医師1人だけから常勤だけでも70人以上へ、車停め放題から有料駐車場へ、そして「何かあったらどうしよう?」から院内ですべて処置可能へ、両極端だ。

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 左は第20週の最初の頃の写真。背骨がはっきり写っていて、なぜか首を後ろに反らしている。頭の長径は47.5mm。
 右は第23週の写真。頭の長径は56.1mm、大腿骨の長さは36.9mm。瞼を閉じた顔が意外にはっきり写っていて、ちょっとグロテスク。
 相変わらず胎児の動きは活発で、特に食事中と深夜に激しくなる。これまでの突くだけの動きに横移動も加わり、胎動のバリエーションが増えた。タイミングが良ければ、腹の表面がポコポコ動くのが見える。
 第23週の検診のとき、性別を聞いたら教えてくれた。私の予想どおりで、妻が当初望んでいたほう。妻は最近心変わりしていたが、残念ながらもう変えられない。すでにそれぞれ名前を考えていたので、これで名前も確定してしまった。
 妻は母親になる喜びよりも、体の中に別の人が住んでいることが不思議でならないようだ。

 妻の腹と胸の膨らみようは相変わらず速い。腰幅が元々狭いので、腹は前に出て行くしかないようだ。その腹の妊娠線ばかり気に掛けていたら、胸のほうが先に割れてしまい痛い思いをさせてしまった。
 体調はこの月の当初は絶好調だったが、仕事が忙しいためか、子宮が胃を突き上げるのか、軽い悪阻に似た症状が現れ始めた。一時食べられるようになった米類も、胸やけがするということでまたダメになった。味噌汁も食べないので、私自身ももう3ヶ月以上米食を摂っていない。
 体重の制限がきつく、体を動かしたいのだが、動かそうとするとすぐブレーキがかかる。すっかり省エネ体質になってしまい、大食いしなくても簡単に体重が増えるようになった。
 今まで仕事はカーペットの上に直に座ったり立ったりしていたが、さすがに辛くなり、教室の模様替えをした。自宅にあったキャスター付きの椅子を持ち込み、座卓を二段重ねにして高くした。最後まで乗り切れそうだ。
 誰が見ても妊婦と分かるようになり、100人近くいる生徒からは期待されたり大切にされたりと、それが何よりうれしいとのことだ。

 ほとんどの日本人が妊娠を機に仕事を辞めてしまうが、妻は当分の間は今の仕事を続けるつもり。しかし一人の講師に一つの教室を割り当てられているので、代わりを探すのはとても難しい。7ヶ月間だけだからと高をくくっていたら、ここまで来ても代役が未だ決まっていない。これまで出産してきた女性たちの行動が原因なのか環境が整わないのか、どちらが先か分からないが、働く女性の出産にはまだまだハードルが多くて高いと改めて思い知らされている。
 あるチェーン店の会員になったら、数々の試供品のほかに「プレママ日記」というのをもらった。母子健康手帳ですらほとんど開かない妻に代わって、この「日記」は私がつけることにした。
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2006年06月13日

胎児も大はしゃぎ? (^O^)

20060612_1.jpg 今の結婚以来、ずっと妻にせがまれ続けてきた東京ディズニーランドに行ってきた。混雑すると分かっているところにわざわざ出かけるのは性に合わないし、以前から私にとっては高すぎると感じてきた入場料金に納得していなかったから。大昔のようにアトラクション料金を含まない入場料金とか、せめて園内で売られているものは安めの料金設定とか、何とかならないものだろうか。
 とは言っても、妻の腹は日に日に膨らんでくるし、生まれてしまったら小さな子供を遠くの人ごみに連れて行きたくないしで、時間は限られてきた。思い立たせてくれたのは、条件が重なったこと。今年九月からの料金値上げ、平日限定のアフター6パスポートが同料金で今月中のディズニーランドに限って17時から入場可能なスプリングナイトパスポートに、月曜日だけは22時まで営業。これを併せると、5時間を2,900円で楽しめる。貧乏人にはまあまあのコストパフォーマンス。
 そして今日になった最大の条件・・・サッカーワールドカップの日本初戦が、ちょうど閉園時刻の22時から始まること。きっと多くの人が自宅で観戦するために早めに帰宅し、妊婦にとって最大の敵の一つ、混雑した列車を避けられるだろうと踏んだのだ。

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 私自身が東京ディズニーランドを訪れるのは、たぶん20年ぶりぐらい・・・いや最後に訪れたときは舞浜駅から歩いて行ったので、JR京葉線が開業した一九八八年十二月以降ってことになる。確か2回だけで、当時勤めていた会社が加入していたマジックキングダムクラブの割引入場券を使った覚えがある。今でもあるのかな? 当時はディズニーシーやオフィシャルホテルも無く、花火もエレクトリカルパレードも無かった。スペースマウンテンが一番人気の頃だ。
 到着は、図ったわけでもないがジャスト17時。並ぶことなくチケットを購入し、そのまま入場。スプリングナイトパスポート目当ての人もいたが、園内は一日券以上の人が大半。カップルや女性同士も多かったが、特に目立ったのは家族連れ。月曜日なのに、こんなにもたくさんのお父さん、こんなにもたくさんの児童生徒。会社も学校も幼稚園も、ディズニーランドのためなら二の次なのだろうか。人気のアトラクションの前には、放置されたベビーカーが100台以上も並べられていた。
 私は園の雰囲気は好きなので、アトラクションはさておき・・・と思っていたが妻は違った。普段は重そうな体をゆっくり動かしているのに、今日はやけに歩くのが速い。予め案内所で妊婦が入場できないアトラクションと相談が必要なアトラクションに印を付けてもらっていたので、それを頼りに効率良く巡る。待ち時間が20分以上のところは妊婦には辛いし効率も悪いので避けて行くと、自然と私も知っているような昔ながらのアトラクションが主となった。
 しかしおとなしいアトラクションばかりかと言えばそうでもなく、「相談が必要」なところばかり^^;; 妊婦でも許される範囲で最大のスリルは必要なようだ。禁止されているのは、ローラーコースター系のアトラクション。相談が必要なのは安全バーが腹部に来るようなアトラクションで、実際いくつかではぎりぎりセーフ。こんな遊びかたができるのは、これが最後だったかもしれない。
 特にアリスのティーパーティ。カップに乗って自分でハンドルを操作しスピンでき、3種類の回転が複雑に絡む私の一番好きなアトラクション。スピンしなくても乗ってるだけで楽しいと思いきや、妻は強烈なスピンをかけて大騒ぎ。遠心力でお腹の子が飛び出してしまうんじゃないかと思ったが、妻は楽しいそうにお腹を蹴ってると言ってた。ホントかなぁ。「いいかげんにしろ」って言ってるんじゃないのかなぁ。
 妻が一番楽しがったのがロジャーラビットのカートゥーンスピン。これがまたハンドルでスピンさせながら壁に突っ込んでいくというもの。この二つ、いずれも要相談だったが、相談せずに楽しんでしまった。
 私自身は、いつかは見たいと思っていたエレクトリカルパレードと花火を見られて満足だった。食事や買い物にも思ったほどお金がかからず済んだ。

 5時間フルに遊ぶ必要は無いと思っていたが、7つのアトラクション,1ヶ所のレストランと買い物で22時を過ぎてしまった。私はすっかり疲れてしまったが、妻と胎児は元気一杯。この構図、生まれた後も続いてしまうのだろうか^^;; 梅雨独特の気候で暑くなく、後半は小雨がぱらついたが傘が要るほどにはならず、天候にも恵まれた。
 ディズニーランドの園内は、思っていたよりずっと狭かった。暗がりの中を何かに乗って進むアトラクションが多いが、これならニュージーランドで洞窟の中で船に乗って眺めるGrow Worm(土ボタル)のほうが神秘的で面白いし、園の雰囲気やショーはラスベガスの町を小さくしただけにしか思えない。本物を知ってしまってこういったところで夢を見られなくなったなんて、かなり歳をとってしまったということか。雰囲気の象徴、シンデレラ城が足場で囲まれ、ライトアップもされていなかったのも一因かもしれない。
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 帰りの列車は、狙いどおりウソのように空いていた。優先席でお願いしまくることを想像していたら、妻だけでなく私も全部座れた。途中、電話で、サッカーは日本がオーストラリアに1-0でリードしていると聞いた。あまり興味はないけど、そんなものかと思った。
 終電近くの最寄り駅に着くと、町はいつもよりひっそり。みんな早めに帰宅し、観戦も終わり、早めに寝たのかなと思った。車でラジオを点けるとサッカー番組の終わり頃。観客のほとんどが10分間で帰ってしまったとか、呆然と残っている人がいるとか言ってる。あぁ、まさかの同点で終わったのかと勝手に思った。それで町がひっそりしていたのかと。
 帰宅して1-3で大敗したことを知った。家にいたら、興味が薄くても観戦していたと思う。そんな残念な試合を見ずに済んだのも、今日こうして急にディズニーランド行きを決めたから。そういう日だったらしい。
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2006年06月10日

妊婦単独海外旅行

 妊娠も6ヶ月目に差し掛かったが、妻が会社の報奨旅行でソウルに行ってきた。個人の成績で表彰されるためだったので私は同行しなかったが、同じ地区の人もいたことはいたので「単独」は言いすぎか。
 飛行機より怖いのは混んだ列車。集合場所からはバスで空港に向かうのだが、その駅までは朝の通勤時間帯の上り列車を使わねばならない。これは危険なので、その駅近くに住む妻の両親の家に前泊した。飛行機に乗っている時間は2時間半ほど。どちらも最前列の席を手配してもらえて、楽だったそうだ。
 ソウルでは無理はしなかったが、買い物や食事のためにかなり歩いたそうだ。それでも最近は体調がとても良く、腹が大きい以外は妊娠以前と同じぐらいになっているので何の問題も起こらず。
 無事に旅行を終え、最後まで効率良く使われた赤いパスポートはあと2ヶ月で有効期間終了。あんなにたくさん出かけた海外旅行だが、これで二人ともパスポートが無くなる。
posted by Hiko at 14:42| Comment(2) | TrackBack(0) | Expecting | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月24日

アホなオレ

 さっき、急に気づいた。もうかれこれ2ヶ月間、ずっと夕食を作り続けているなって。確かこうなったのは、妻の悪阻が本格的に酷くなったからじゃあなかったけ?って。他の家事はいいとして、少なくとも夕食は交代制じゃあありませんか? 何気なく「今日は何が食べたい?」って聞き続けているオレもオレだけど^^;;
 自分で書いた直前の記事を見ると、もう2、3週間も体調が良いと書かれている。ゴールデンウィークにはすでに復調しているという記事もあるじゃあないか。

 お腹の子が嫌う(別の表現として母体の胃がもたれる)ので、もうずいぶん永いこと米飯を炊いていない。私の料理は直前に冷蔵庫の中身と相談するタイプなので、どちらかと言うとごはんのおかず向き。麺類ばかり欲しがるので品数を増やせず、どうしてもワンパターンになってしまうのが悩み。
 私の至らぬ部分をカバーしてくれるのが外食なので、ここのところ外食費が急増(家計簿も私の担当、と言うか朝食づくり以外の家事全部だけど^^;;)。外食はピザとスパゲッティが中心だ。
posted by Hiko at 19:00| Comment(3) | TrackBack(0) | Expecting | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

着帯日

 今日は病院から招待を受けていた着帯日。妊娠5ヶ月目の戌の日なのだそうだが、神道の信奉者でもないのでパス。ただでさえ他に必要なものが多いのに、この日のためだけの岩田帯なんて要らない。

 昨日は、必要としない人には無駄になるほど近所にある西松屋チェーンに行って妻の下着類の買い物。胎児の体格はちょっと小さめらしいが、それを収める本体は順調に成長中。知人にプラス2ヶ月と言われてショックを受けているほどで、下着は上も下も可哀相なほど引き伸ばされていたので。
 妊婦用の用品は一つ一つは高価ではないものの、一度限り、しかも短期間しか使わないものなので、十分な数を揃えるのは気が引ける。それでも肌に直接触れる物は一刻の猶予も無い状態に来ているので、他のものは価格のチェックだけしてきて最低限の数だけ購入してきた。
 実は妻の行きつけの美容院の人が少し前に出産していて、それほど馴染みの客でもない妻に産前後の衣類をたくさんくれた。やはり一度限りではもったいないと、誰かに譲ろうと思っていたらしい。その中に、店では高価で買うのをためらった産前ガードルが2つも含まれていたことを帰ってから気づいた。これはありがたい。
 このほか、上のほうの下着もたくさんもらえたので、購入すべきものはもう少ないかも。妻はアカチャンホンポに行きたかったようだが、急を要さなくなった。

 と言うことで、偶然にも着帯日にあたる今日、妻は初めて産前ガードルを着けてお出かけ。ここ1、2週間は歩くのに膨らんだ腹が邪魔になっていたが、ガードルを着けるとかなり改善するらしく、電車を使って出かける気になった。今日は天気が良くて湿度が低く爽やかで、しかも休日なので電車を使うには絶好のコンディション。
 車を使わない外出では、思った以上に歩くことになった。ここ2、3週間は体調が良かったのに、重い悪阻を経て体を動かすのをかなり億劫がっていたが、大好きな買い物ができるとあって妊娠して以来初めての行動力。運動不足がたたって息はすぐ切れるが、具合が悪くならないので動けたらしい。さすがにクタクタに疲れたらしく、最近には無い早さで床に就いたが。
 これで来月の単独での海外旅行に向け、ほぼ目処がついたことになる。
posted by Hiko at 22:12| Comment(5) | TrackBack(0) | Expecting | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月04日

3ヶ月ぶりのお出かけ

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 妊娠4ヶ月目に入ったあたりから妻の悪阻は落ち着いてきて、嘔吐まで至ることはほとんど無くなった。風邪すらひかない妻でもさすがに四月中は仕事を休む日があったが、ゴールデンウィーク直前の1週間は休まずに済んだ。
 連休に入るとさらに体調が良くなり、動けるようになったら大好きなスパゲッティ屋に行きたいと言われていたので、妻としてはかなり久しぶりの列車で新宿へ出かけた。体調が戻りつつあるとは言え、ラッシュ時の列車内で無関心で冷たい日本人に席を譲ってもらえないなど論外なので、連休中というのはリハビリに適している。休日の日中というのは思いのほか車内が混雑していたが、譲ってもらわずとも何とか空席にありついた。
 わざわざ新宿にまで出かけてスパゲッティだけというのも寂しいので、最小限の動線で行けるところへ。西新宿の高層ビルの中でも老舗の、もっとも混雑しなさそうなビルの展望台へ。とてもゆっくり歩いたこともあるが、妻は体調を崩すことなく動けた。とても天気が良く、しかも気温が高すぎず乾燥して爽やかだったのも良かったようだ。
 そのビルと、お目当てのスパゲッティで大満足し、手紙を書くのが好きな妻は新宿郵便局で切手を選び、新宿駅まで送って分かれた。私はそのまま仕事の打ち合わせへ。妻は少し店を巡って帰ると言う。独りにするのは少し心配だったが、無事、帰りの列車でも座って帰ったそうだ。ただ、どこかの店でお茶しながら休憩をしたかったのに、どの店も混雑ですぐには座れず諦めたそうだ。また値段も高く、気軽に入れなかったそうだ。

 私の打ち合わせは短時間で済み、同行した人と紅茶の専門店へ。サクラの入った紅茶を飲んだこの店はJR駒込駅近くの商店街にあるが、下町の中にあるこの店は高くない。
 同じ系列の店でも、新宿にある店舗では値段が2〜5割以上も高いところがある。新宿という町で購入するということに価値を感じる人がいるから成り立つのだろうが、価格というものはその商品だけにある価値しか見られない私には理解し難い。
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posted by Hiko at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | Expecting | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

ほッと一息

 妻は週に4回、外へ仕事(車で十数分だけど)に出かけ、私は主に自宅で仕事をしていることもあって、家事の多くを私がやっている。妻は朝食(ほとんど昼食?)を作るのと、洗い物と布団の上げ下ろしと掃除を少しずつ。それにたま〜に食材を買って帰るぐらい。
 それが3週間前に悪阻のオエオエが始まって以来、まったく出来なく(しなく)なってしまった。増えた作業は多くはないが、全部やるとなると受け止めかたが変わる。主夫ってこんな感じなのかなぁ。さらに具合の悪そうな妻を介抱したり、全身マッサージしたりすることもしばしば。吐き気は突発的に襲ってくるそうなので車の運転も危なく、送迎もしてあげている。
 11日前に嘔吐するようになって体重も減り始めたので、せめてそれだけは阻止したいのだけど、なかなかうまく行かないも気がかり。元々食べることが大好きな妻はほとんどものをおいしそうに食べるのに、それを戻してしまうのはとてもかわいそう。
 こういうとき、一般的には仕事を休んで実家に帰ったりするのだろうが、責任ある仕事を休めないし実家は相当居心地が悪いらしい。もっとも、実家とは言えここよりずっと都会にあるし、コンクリート製住宅の8階じゃあ無理もない。

 その妻が明日の実家近くでの会議に出るため、今日から実家に行っている。約3ヶ月ぶりで、妊娠発覚以来初めて。もちろん車で送って行ったが、とりあえず身の回りの世話が減った分だけ少し楽になった気がする。控えていたビールを飲みながら、こうして自分のことだけをしていられるのは久しぶりだ。
posted by Hiko at 23:59| Comment(7) | TrackBack(0) | Expecting | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月10日

できるときに、する

 外は冷たい雨、寒い。しかし妻は、前日よりさらに体調が良いと言う。ならば・・・と、車で行けるところに行ってみようということになった。
 妻の場合、特に唾がどんどん出てきてしまうタイプの悪阻(いろんなパターンがあるもんだ)なので、箱ティッシュ抱えてのドライブ。でも車内なら他に気兼ねないし、いつでも対処できるから安心だ。

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 今シーズン、もう5度目になる高尾さくら公園。小雨が降っていたので他に人に姿が無く、車を駐車場ではなく公園入口に横付けした。
 散る桜はすでに散ってしまったか散り始めで、これから咲く桜はもう少し咲き。雨の中でもあり、ちょっと淋しく感じる園内。

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 左上が三ケ日桜。八重の大輪が咲き始めた。その右は枝垂桜の一種で、名前は失念。花期が長く、もう2週間以上咲き続けている。
 左下は大島桜か。桜餅に使われる葉がおいしそう。その右はかなり散った染井吉野。どんよりして光量が少ないのに、ピンク色がとても強い。

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 吉見旧荒川堤防の桜の、いちばんいい時を逃してしまった。咲き始めが遅かったのにすでにかなり散っていて、とても寂しかった。それにしても、菜の花の成長の悪さと花の遅さが目立つ。

 妻の10日間の休みは、こうして寝込む日日と少しの出かけられる日で終わってしまった。こんな状態で仕事に復帰できるのだろうか。
 食べ続けるだけで悪阻を抑えるのは限界があるので、他の方法を模索中。経絡に少し心得があるので、これで少し楽にできたらいいのだけど。
posted by Hiko at 17:32| Comment(3) | TrackBack(0) | Expecting | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月09日

お里の桜は見納めか

 半月前から妻の悪阻が新しい段階に入り、苦しそうにしている妻に何もしてあげられずもどかしい。妻の場合は「morning sickness」じゃなく、夕方から夜に向かって遅くなるほど調子が悪くなる。私たちとは違い、朝型なのかなぁ。
 そんな訳で、出かけるのが好きな妻なのになかなか外に出られない。この1週間は仕事が無かったので、かえって気が紛れなかったのかもしれない。

 今日は、そんな中でも体調が良いと言うので、数日ぶりに出かけられた。天気が良く、暖かかったからかもしれない。
 満開宣言から6日間も経っているので、期待を小さめに6日前と同じ足取りを辿った。

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 運転中の車窓から眺める桜も、特別の趣があって好き。6日前に訪れた元荒川の桜は、車を停めるところが無いほどの混雑だったので、無理せず車中から眺めた。

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 6日前にも訪れた熊谷桜堤。満開後の日曜日で、たくさん人が花見を楽しんでいた。

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 街中の桜には散り始めているものも多いが、その外では目立って散ってはいない。梅とは違い、咲き切った桜のほうが美しく感じる。

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 出店がたくさんあったが、程好い賑やかさ。それよりも、花見客が持ち込む大音量のカラオケやバーベキューのほうが気になる。

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 桜の下でも目立った混雑は無い。交通整理は22時まで行われているということだが、その夜間は混みあうのだろうか。

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 月の写真を撮ったら、ちょうど一片の花びらが放れて飛んだ。

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 花が白っぽくなる年もあるが、今年はピンク色が濃い気がする。木の健康状態が良いのか? 悪いのか?

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 1時間半以上外に居られたなんて、最近の妻にとっては快挙。しかし、さすがにここで限界。この後しばらくの間、車を動かすことさえできなかった。
posted by Hiko at 17:39| Comment(4) | TrackBack(0) | Expecting | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする